A112
エー・イチ・イチ・ニと読みます。イタリアではアー・チェント・ドーデチと発音しますが、言いづらいですよね。日本では「ビアンキ」いう愛称で長く親しまれています。
イギリスのMINIになんとなく似ていると思われた人もいると思いますが、実はこのA112。1960年代半ばにイタリアでMINI人気に火がつき、それに黙っていられなくなったFIATグループがアウトビアンキ名義で作ったイタリア版MINIなんです。
A112の先代にあたる、ビアンキーナという車両もFIAT500をベースにしながらも、「小さな高級車」で売っていたので、このA112もその方向性をキープしています。生活感たっぷりというよりは、ちょっとおめかしをしたような、オシャレな感覚がチャームポイントなのがこのA112シリーズでした。
60年代後半ともなると、高速道路もどんどん整備され、次第にハイパフォーマンスなクルマが世の中を占めるようになって、いわゆるシティカーと呼ばれる日常のアシとなるクルマにも、それなりの居住性や運動性能が求められるようになりました。
このA112はその模範のようなクルマで、その性能は今の世の中でも十分に通用します。
さて、このA112ですが、中部イタリアのモデナという街に住む、A112マニアによってレストアされた一台です。
イタリアのど真ん中あたりに位置するモデナは、それはそれはとても小さな街です。
ボローニャとミラノの中程にあるモデナは、ひたすら平坦な畑の中にあり、冬場などは畑の湿気が災いし、高速道路にひどい霧が出たりするので、なかなかおっかないこともあります。
やはりモデナといえば、フェラーリが思い浮かぶと思うのですが、とても有名スーパーカーメーカーの本拠地とは信じられないくらいの田舎にあります。モデナ市の中心からは15キロほど離れたところにあるのですが、のどかな田舎を不安になりながら走ると、突然世界中からの観光客がやってくるフェラーリの「聖地」が突然現れます。レンタカーで聖地巡礼をしようとすると、相当不安な思いをさせられます。
このエリアの人々は、イタリア人の中でも相当に情に厚く、優しくおだやかだけど前向きなので有名で、おかしなプライドじゃなく、上品で気品ある人たちが多いような気がします。モデネーゼの友人たちがたまたまそうなのかもしれませんが、あんなド田舎でもフェラーリのようなクルマができてしまうあたり、やはり特殊なマインドがあるのではと思ってしまいます。
あと、食べ物が非常に美味しいです。言うまでもないけど、そこはとても大切なポイントですよね。
話を戻します。
そんなモデナの人ですが、クルマや自転車など車輪のつくものが好きな人が多いです。
なのでイベントも結構あります。そんな彼らとクルマの売買をするとなると実はちょっとばかり厄介だったりします。
というのも、モデナが田舎で霧が出るから、クルマがサビまくっているとかそういう話ではありません。
とにかくクルマにうるさい人が多いんです。つまり、車に対するこだわりが明らかに他の地域より強い気がします。
そのせいか整備や修理費用も他の地域よりも高く、中古車屋の値段も高いです。
もちろんその分、お宝も多いのですが、いざ値段交渉するとなると、これがなかなか…。
ジェンナーロのA112
2010年ころからだろうか、ふつふつとわきあがってきた旧車ブームで、イタリアにはドイツやオランダなどからのバイヤーが本当に増えました。
その傾向はここ数年さらに加速していて、友人の業者と話をしていても、やれ今回はフランスだ、スペインだ、スイスだドイツだのと、いろんなところからクルマの照会が来ているようです。
そういう背景もあるせいか、少々高い修理費を出しても、しっかり元が取れるのでかなり気合いの入ったレストアというのも相当増えました。もちろん、これらはイタリアのみならず世界中に売られていくものがほとんどなので、名車という文化財を後世に残すという意味ではとてもいい傾向だとは思うのですが、一方で、ちょっとこれは…。というような価格のものも増えています...。
今回のA112は典型的なイタリア人の車好きが、じっくりと時間をかけて、大切にしてきたクルマを蘇らせるという作業がなされたタイプ。
厚化粧ではなく、いわゆるとってつけたような修復がないのが特徴です。
地元の工場でじっくりと板金をし、気になる箇所は写真のように自分でチェックする…。
もちろん大事にしているということは初期型A112の泣き所もよくご存じなわけで、前オーナーのジェンナーロは価格交渉のときもその辺をかなり強調してました。
Panda30のファビオとは違い、さすがにジェンナーロは会いに来いとは言いませんでしたが、たまたまフェラーリのお偉いさんの友人にこのA112の話をすると
「コロナ禍で暇だから、私に見に行かせてくれ!」
と嬉しいコメント。まあ、そういう地域なんですよね、モデナって。
そんな輩を送られたもんだから、ジェンナーロも満足したのか、クルマの引取にも非常に好意的でした。
ただ値段交渉は残念ながらこちらの思惑通りには...。世の中簡単ではないようです。
決して簡素という意味ではない
リアエンブレムをご覧の通り、このクルマの正式名称は「アウトビアンキA112」です。
内外装におめかしをほどこした「エレガント」。スポーティなセッテイングになった「アバルト」といった派生モデルが出てきたおかげで、後から標準を意味する「ノルマーレ」という別称がついています。
一見、ベースグレードという印象があるのですが、決して簡素ということではなく、たとえが良いかは別にして、ラーメンでいうところのチャーシューメン(エレガント)、スタミナラーメン(アバルト)のように、素地となるスープがある標準かつ基礎となるラーメンに相当するものがこのA112なんです。
ギラギラとした高級感ではなく、あくまでシンプルでシックな高級感という演出は、やはりイタリア車の得意技の一つなのかもしれません。
当時の値段こそリーズナブルであっても、写真のように60年代のアルファ・ロメオ ジュリエッタ・スパイダーのような雰囲気さえあります。
イタリアのバールでエスプレッソを飲んでも、一杯は1.2ユーロ。つまり150円ほどです。
たとえ創業300年の大理石作りの豪華なバールであって、イタリアでのカフェ一杯に法外な値段をつけることは禁じられています。(立ち飲みの場合ですよ。席料が発生する場所やレストランのは別)
ランチアやアルファ・ロメオでなくても、存分にイタリアらしさを堪能できる。一杯のコーヒーでもキチンとしている。そういう心意気のような物を感じられるのがこのA112だと思います。大げさかもしれませんが、こういうことができるのがイタリアの懐の深さだと思います。
シンプルで維持しやすく、小気味よい運転が楽しめる。
細かいコトに気をとられずに、気軽にイタリア車の魅力と雰囲気を楽しめるのがこのA112ノルマーレです。